名古屋地方裁判所 昭和51年(ワ)1239号 判決 1982年6月09日
原告
宇都昌信
原告
宇都洋子
右原告両名訴訟代理人
大脇保彦
同
小山斉
同
二村豈則
同
河内尚明
同
長繩薫
同
名倉卓二
被告
国
右代表者法務大臣
坂田道太
右訴訟代理人
片山欽司
右指定代理人
浅野元吾
外七名
被告
電気興業株式会社
右代表者
萩原憲三
右訴訟代理人
柏木博
同
岩瀬外嗣雄
同
戸塚悦朗
主文
一 被告らは連帯して、原告ら各自に対し、各金四、四九四、〇〇〇円及び内各金四、〇九四、〇〇〇円に対する昭和五一年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告らが原告らそれぞれに対して各金二七〇万円の担保を供するときは、その被告はその原告に対し右仮執行を免れることができる。
事実《省略》
理由
第一請求の原因第1項のうち、原告らの長男訴外秀樹が、昭和五〇年一二月三一日午後本件鉄塔のレインスカート部分に接触して感電死した事実は当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、本件鉄塔は、愛知県刈谷市野田町庚申塚地内に存在し、訴外秀樹(昭和四二年七月二四日生、当時八歳)は、昭和五〇年一二月三一日午後一時五八分ころ、本件鉄塔のレインスカート部分に接触して感電し、全身にわたる火傷(殊に上半身がひどい)右上腕部、右足首部の肉片離脱等の傷害を受け、そのころ、本件鉄塔内柵内において死亡したことが認められ<る。>
第二同第2項のうち依佐美送信所の土地及び施設の大部分の所有及び借り受け、米軍への使用提供、鉄塔の配置状況の各事実は、原告の主張するとおり当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、依佐美送信所の敷地は約一五七万平方メートルあり、そのうち約七万平方メートルが被告会社の所有であること、それらの上にある依佐美送信所の施設は被告会社が所有している(八基の鉄塔の内柵は、昭和四四年米軍の指示により被告会社が米軍の材料によつて作りかえられたものであるが、被告会社の敷地に固定されており、特に米軍によつて所有権を留保された事跡も窺われないので、被告会社の所有と解される。)こと、被告会社は、これらを被告国に賃貸し、被告国は、これらを米軍に使用させていること、被告会社所有地外の敷地は、被告国と、それぞれの土地の所有者及び管理者との間の契約で被告国が借り受け、それを被告国が米軍に使用させていることがそれぞれ認められ、他に右認定に反する証拠はない。
第三次に同第3項の事実(これに関連する被告らの主張事実を含む。)について検討する。(被告国においては、本件鉄塔には一七、〇〇〇ボルトの誘導電流が蓄電されていることについて争いがない。)
<証拠>によれば、依佐美送信所は、田園地帯内に存在し、近隣周囲には、民家、団地、住宅、幼稚園、小学校、中学校などが場所によつてはかなり密集しており、依佐美送信所の敷地内(解放部分)には県道及び市道に認定されている保守用道路が存在すること、本件鉄塔は、右送信所内の解放地域内の一画に位置し、南、北、西側はいずれも田圃に接し、東側は幅員約3.7メートルの舗装道路(通学用等にも供されている)があり、その東側は田圃となつていること、その高さは約二五〇メートルであつて、鉄製の一見電柱と見える形状をなし、基部は傘状のいわゆるレインスカートとなり、その下はコンクリートによつて固められている(下部の各高さ、状況等はさらに次項において詳細判示する。)こと、鉄塔を支えるための吊架線が張られているが、その一端の基部(絶縁によつて本件鉄塔に比すれば、危険度ははるかに軽微なものである)が、亡秀樹の祖父正雄方の近隣に設置されており、この基部についても柵(高さ約1.8メートルの金網)が設けられ、「危険」と記載した立礼が設置されていたこと、依佐美送信所の送信機が運転中使用する電力量は四〇〇キロワットから四五〇キロワットの範囲であり、送信用の八基の鉄塔には空中線から出る電波によつて、平均で一七、〇〇〇ボルトの誘導電流が起こり、鉄塔内に同電気量が蓄電され、右電気量が瞬間的に人体に流れた場合、致死量の三五倍くらいの電気が流れること、本件鉄塔は、地上二八センチメートルのコンクリート台の上端から五三センチメートルの位置で絶縁されていること、柵内への侵入者の防止の目的でなく、施設の保守を目的として被告会社社員が、日曜、祭日を除いて毎日一度敷地内にあるすべてのアンテナ設備、すなわち鉄塔八基(ここは外柵、内柵の周りを一周する)、この鉄塔を支えている各アンカー敷、空中線を支えている八基のアンカー敷、そのほか電柱の配線等を見回つていること、依佐美送信所の各鉄塔の危険性について、特段の周知活動はなく、本件事故以前に一般の人にその危険性を具体的に知らされていないことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
第四次に同第4項の事実(これに関連する被告らの主張事実を含む。)について検討する。
外柵が鉄塔から約一五メートル(但し高さについて被告会社において争いがある。)、内柵が鉄塔から約七メートルの位置にそれぞれ存すること、鉄塔本体は鉄部が露出したまま、コンクリート台上四一センチメートルの位置で絶縁されているため、柵の中へ入れば、子供でも容易に触れることができること、本件鉄塔を含む八基の鉄塔の内柵内に侵入して負傷した事故が過去にあることはいずれも当事者間に争いがない。(被告会社においては、内柵の金網フェンスの上部に二条の有刺鉄線がはられており、右有刺鉄線が一ケ所少しゆるんでいたことは争いがない。)
<証拠>を総合すれば、本件事故当時、外柵は、一辺の長さが約28.8メートルのほぼ正四角形であり、前示舗装道路側に面した柵の中央部に3.1メートルの両開きの出入口、反対側の柵の中央部には片開きの扉があり、いずれも常時施錠され、右両開きの出入口と、舗装道路とは幅員2.9メートル、長さ6.40メートルの未舗装道路で結ばれていること、右外柵は高さ約九〇センチメートルの木杭に、有刺鉄線が木杭の頭部から下へ二〇センチメートルないし二十数センチメートルの間隔で四条張られてできており、これによつて周囲と区切られていたこと、内柵は、一辺の長さが7.2メートルの正六角形で、高さは地上1.9メートルあり、2.4メートル間隔に鉄柱が立てられ、地上から一六センチメートル及び1.72メートルのところに横に鉄棒の枠が取り付けられており、この鉄枠に地上一二センチメートルから1.77メートルまでの間金網(一目が一辺5.5センチメートルの菱形で、太さ0.4センチメートルのもの)が張られ、地上1.72メートルのところから外側に三四センチメートル、上方に一八センチメートルの傾きで忍び返しが付けられ、右忍び返しには二条の有刺鉄線が張られており(被告会社は争いがない)、右有刺鉄線間の間隔は一八センチメートル、下段の有刺鉄線と金網との間隔は二一センチメートルであること、内柵の北側の辺に片開きの扉が設けられ、これは常時施錠されており、扉の上部は他の部分と異なり金網が鉄枠上にはみだしておらず、この部分の下段の有刺鉄線との間隔は事故当時二七センチメートルであること、内柵の北東の上段の有刺鉄線が約一〇センチメートルたるんでいたこと(被告会社は争いがない)、外柵の両開きの出入口の北側附近及び他の三辺各中央部付近に、赤地に白文字で「立入禁止」と書かれた縦約六〇センチメートル、横約三〇センチメートルの看板が立てられていたこと、内柵扉のある辺の扉の横及び南西、南東の各辺の中央部付近にはいずれも「公告 通信中は鉄塔に約三万ボルトの高圧が発生危険につき柵内に立入を禁止する 管理人」と記載(「三万ボルト」、「高圧」、「危険」は赤字)した看板があり、北東、南、北西の各辺の中央部付近にはいずれも「高電圧」と記載(「高電圧」は赤字)した看板があつたこと、内柵内部は、同柵より1.05メートルの範囲が砂地で、それより内側は、高さ二八センチメートル、一辺の長さ六メートルの六角形のコンクリート台があり、その台の中央部分に更に高さ一二センチメートルの六角形のコンクリート台があり、その上に鉄塔が建つており、鉄塔基部に、地上からの高さ八一センチメートル(上のコンクリート台上端から四一センチメートル)のところまで碍子を覆うレインスカートが覆いかぶさっていること、高さ二八センチメートルのコンクリート台の北西端、北東端、南端の三か所にそれぞれコンクリート制の振れ止めアンカー(一メートル四方)が設置され、北東端の振れ止めアンカーの北西に、右アンカーに接近して縦1.61メートル、横1.09メートルの長方形のトランス小屋が建てられていること、各振れ止めアンカーの外側を回してトランス小屋の東側の支柱までロープが張られており、名ロープの辺の中央部付近に白地プラスチック板に赤文字で「高圧危険」と記載した看板がかけられていたことが認められ、右認定に反する<証拠>は後日の状況に関するもの又は推測に基づくもので直ちに採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
<証拠>によれば、過去に発生した鉄塔の事故は三回あり、一回目は、昭和四五年九月六号鉄塔でいわゆる赤軍派が鉄塔爆破の目的を以て二人以上で鉄塔の内柵内に入り感電し負傷したものであり、二回目は、昭和四六年三月七号鉄塔で二人が窃盗の目的を以て柵内に入り、一人が内柵内で感電し、負傷したものであり、三回目は、昭和四七年六月被告会社社員が内柵のかぎを開けて中に入り点検等実施中、点検のために、鉄塔の電気のきている部分を軽くペンチでたたいて感電し、そのショックで倒れて首すじが鉄塔のレインスカート部分に当り、翌日死亡したものであること、以上の各事故を参考とする措置としては、三回目の事故以降、従業員が巡回するとき内柵のカギは持たせないようにしたが、それ以外安全施設は、本件鉄塔等が電波法の適用のある施設ではないが、電波法に定める安全基準をみたしているとして特段の改善措置は何ら加えられていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。
第五以上の事実によれば、本件鉄塔は一七、〇〇〇ボルトという人の致死量をはるかに上廻る電気量が誘導電流として蓄電される極めて危険性の高いものであることが明らかである。他方、世上多数存する高圧電線を支える鉄柱(これらがその基部まで同様の高圧を流しているものでないこと、それらが何らの柵囲いなく裸のまま存する場合とフェンス等で囲まれている場合が存することは公知の事実である。)と対比してみても、本件鉄塔は一見してこれらの鉄柱と外見上殆んど何らの差異はなく、それ自体としては危険なものと意識されない存在であるとみることが相当(過去の事故例に照してもその一端が窺われる。)である。(これが危険なものであることを認識するには、依佐美送信所の送信出力が高出力であること、誘導電流の知識があること及びその誘導電流が鉄塔全体に蓄電され、レインスカート部分も高電圧になつていること等の知識が前提となるものと思われるが、一般通常人に特別の広報、教育なくしてこれを認識させることは困難であると思われる。)しかも本件鉄塔が、居住、生活地帯の中に暴露して位置し、とりわけ冒険心、好奇心の強い子供らの目に日常的に触れる形で存することは以上の点についてさらに倍加して考慮されなければならない。
従つて、右のような条件のもとで鉄塔の右危険性から人身の被害を防ぐためには、通常予想もできないような手段、例えば、柵の錠をこわすとか、柵そのものを破壊するなどの手段でなければ鉄塔に近づけないような安全施設を設置し(鉄塔自体の状態を現況のままとする場合)、或いは侵入予防の監視体制を整備し、もしくは侵入防止設備にもさらに或程度の改善を加えつつ(それをくぐり抜けて侵入するような身軽者、殊に子供等が)、なお柵内に入るものがある場合、本件鉄塔に直接触れることができないような設備、即ち絶縁部分を大きくするため、基部のコンクリートをよじ昇ることのできない程度の高さのものにする等の設備をすることによつて比較的容易にこれが防止措置を講ずることができるものといわなければならない。
これを本件についてみれば、事故当時本件鉄塔には外柵と内柵があつたけれども、外柵は高さわずか約九〇センチメートルであり、外柵内に入ろうと思えば、外柵、錠など破壊することなく侵入可能な構造であつた。更に、内柵は、金網フェンスの上部に忍び返しのついたものであるが、内柵の出入口上部の下段の有刺鉄線と鉄枠との間には、二七センチメートルの間隔が存し、この間隔は、子供にとつて侵入しようと思えば侵入不可能とはいえない広さであり、また、金網は手足をかけて登るのに容易な構造であるため、子供にとつて、内柵内に侵入しようと思えば、柵や錠を破壊することなく侵入可能な構造である。そして内柵内に入つた後においては本件鉄塔の基部のコンクリートが合計四〇センチメートルであつて、子供でも易々とこれを乗り越えることのできる高さに止まつている。そしてこれらの不十分さを補うに足る監視体制がとられていたと窺うに足る事跡もない。また本件鉄塔の外柵、内柵には、「立入禁止」「危険高電圧」「公告 通信中は鉄塔に約三万ボルトの高圧が発生危険につき柵内に立入を禁止する 管理人」「高圧危険」の看板があつたけれども、右各看板によつても、鉄塔の下部特にレインスカート部分まで危険であると意識させるに十分ではなく、字の読めない子供等にとつてはなおさら意識させることはできない。その他危険防止のための広報活動が右の方法の他なされた事跡は全くない。
以上のような施設の構造の下で、訴外秀樹は、外柵、内柵内に侵入し(この点について被告らは、訴外秀樹が一人で侵入したのではない疑いが強いというが、この点はこれを十分に認めるに足る証拠はないばかりでなく、この疑問は何ら結論を左右するものではない。)、本件鉄塔のレインスカート部分に接触して感電し死亡したものである。したがつて、右施設の構造では、訴外秀樹にとつて、侵入しようと思えば、外柵、内柵を破壊せずにかつ、錠を開けずに侵入可能であつたものであり、且侵入後極めて容易に高圧電流部分に接触し得る状況にあつたものであり、本件鉄塔の安全施設としては不十分であつたものと認められ、本件鉄塔には、その設置または管理に瑕疵があつたものと認められる。
これに対し被告らは、本件鉄塔の安全施設が電波法の安全基準に合致しているから瑕疵があるとはいえないというが、安全性はその施設の立地状況等に照らし個々具体的に考察すべきところであつて、本件鉄塔の前記の危険性及び前示各具体的状況に照せば、よしや安全基準に合致しているとしても、本件鉄塔の安全施設に瑕疵なしと帰結することはできない。また吊架線基部の設置、保存状況は、本件事故と因果関係がないものというが、吊架線基部についての原告の主張(当裁判所も検証の結果に照し同様に認定する。)は、要するに本件鉄塔に比し危険性のはるかに軽度である吊架線基部の場合と保存管理の設備が外形的に近似した状況に置かれており、近隣の一般人に対し危険性に関する誤認、混同を生じさせ易い一例として挙げているのであつて、訴外秀樹の本件行動の動機となつたとするものではないから、被告らの右主張も採用できない。さらに被告らの強く主張する訴外秀樹の常軌を逸する異常行動との点は、当裁判所もこれを一概に否定するものでなく、むしろ後示のとおりこれを認めるものであるが、前示の如く瑕疵の否定し難い本件では、それは過失相殺の問題として採り上げられるべきものであり、これを以て瑕疵なしとする根拠とすることはできない。この点の被告らの主張も採用できない。
第六以上の各点に基き、被告らの責任の存否について検討する。
一請求の原因第2項、第5項のうち、依佐美送信所における本件鉄塔を含む八基の送信用鉄塔を主体とする送信施設は、被告国がこれを賃借し、合衆国軍隊の用に供し、同軍隊が占有管理していることは当時者間に争いがない。そうすると、本件鉄塔の設置または管理に瑕疵があつたこと、前判示のとおり明らかである本件では、被告国は、民事特別法第二条により、原告ら(訴外秀樹を含む)が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき義務を負う。
二次に被告会社の責任について検討する。
請求の原因第2項、第5項のうち、本件鉄塔を含む八基の鉄塔、防護柵(但し外冊)、それらの敷地、保守用道路が被告の所有であることは、当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、被告会社は、依佐美送信所の施設及び土地の一部の所有者であるけれども、その所有するすべての施設及び土地を被告国に賃貸し、被告国はそれを含め依佐美送信所の全施設を米軍に使用させているのであり、被告会社は、その米軍との間に保守運転契約を結んで、右契約に基づき、依佐美送信所の電波を出すために必要な運転作業及びそれらの機械、建物、設備を保守するための保守作業を全面的に委託されて行つているものであるが、本件施設の管理権は米軍の下におかれ、本件施設を変更するためには米軍の了解が必要とされていることが認められる。
右事実によれば、被告会社は独自の判断で本件施設に変更を加えることは難しい立場にあるけれども、米軍の了解を得ればその変更は可能であり、しかも米軍は本件施設の現実の保守、管理を全面的に被告会社にゆだね、米軍は管理権を有しているものの、本件施設に必要な保守管理事項をすべて把握しているわけではなく、右事項については被告会社の判断に基づいて本件施設の変更等を指示または承認しているものであることが認められる。したがつて、軍事施設としての特質上本件施設の管理権が究極的に米軍にあるとしても、被告会社は、前記契約に基づき本件施設に必要な保守管理をなすべき義務が存在するのであり、安全性を確保するために施設の改善等が必要であるときは、米軍に対しその旨上申するなどして本件施設の変更等を求めることができるものであり、その範囲で、被告会社は、本件施設につき独自の占有管理を有するものというべく、単なる米軍の占有管理の補助者とは認められない。
そうすると、被告会社が本件鉄塔の安全性を確保するため自らその実現に努め、もしくは米軍に本件施設の改善等を求めた事実を認めるに足る証拠のない本件では、弁論の全趣旨に徴し、所有者として相当の賃料を収受し、また保守管理についても無償でなく相応の報酬を得ているものと窺われ、それなりの利益を得ている被告会社においても、本件鉄塔の占有者としてその管理に瑕疵があり、(内部的な負担割合においては、指揮命令権の属する米軍(被告国)のそれより小さい割合になることはあつても)、本件事故による損害を被告国と連帯して賠償する義務を免れることはできない。
第七そこで損害について検討する。
一逸失利益
訴外秀樹が、本件事故当時満八歳の男児であつたことは、前記認定のとおりであるから、訴外秀樹は事故なかりせば満一八歳から満六五歳までの四七年間就労して収入を得ることができたものと認められるところ、本件事故によつて死亡したため、その機会を失つてその間に得べかりし利益を喪失した。ところで、昭和五〇年度賃金センサス第一巻第一表によると、同年における企業規模計・産業計の男子労働者の学歴計のきまつて支給する現金給与月額は一五〇、二〇〇円、年間賞与その他特別給与額五六八、四〇〇円であるから、その年間総収入は金二、三七〇、八〇〇円となる。そこで、右全額から相当と認められる生活費五割を控除した年間純収入金一、一八五、四〇〇円を基礎として、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して訴外秀樹の前記就労可能期間中の得べかりし総純収入の現価を算出すると、その額は金二二、五九〇、四〇五円〔1,185,400円×(26.3355−7.2783)=22,590,405〕となる。(原告らの主張する算式は、本件の如き事案においては適切でなく採ることはできない。)
二過失相殺
訴外秀樹が本件事故当時満八歳であつたことは前記認定のとおりであり、<証拠>によれば、訴外秀樹は一人で買物をしたことがたびたびあり、特に知的能力等の発達が劣つているとはいえないこと、訴外秀樹の祖父正雄は本件事故前訴外秀樹に対し、依佐美送信所の八基の送信用鉄塔に触れると危険である旨を注意していたこと及び事故当時訴外秀樹の動静に注意していなかつた(原告らは、祖父正雄に預けて自ら何らの注意も監督もしていなかつた)ことが認められ、(右認定を左右するに足る証拠はない。)、以上の各事実に前記認定の訴外秀樹のかなり常軌を逸する危険な侵入行為の点、その他本件の態様等に照せば、原告ら側の過失と被告らの過失(設置または管理の瑕疵)との割合は原告ら三対被告ら一の割合とすることが相当であり、この過失割合その他諸般の事情を斟酌して、本件損害(逸失利益)のうち被告らが賠償すべき額を算定すれば、これは金五、六四八、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満四捨五入)とすることが相当である。
三慰藉料
訴外秀樹及び原告らが本件事故によつて多大な精神的苦痛を受けたことは認めるに難くなく、<証拠>によれば、原告らの子供は、長女晴美、次女弥生と訴外秀樹の三人であり、原告らは、本件事故当時これら三人の子供に囲まれて幸せに毎日を暮らしていたこと、ところが、本件事故によつて唯一の男児である訴外秀樹を奪われ、その悲しみは言葉では表わせないほどであることが認められるので、本件事故の態様その他前記認定の諸事情を勘案し、これを癒すには訴外秀樹の慰藉料 金一三〇万円、原告らの慰藉料はそれぞれ金六二万円と認めることが相当である。
四原告らが訴外秀樹の両親であることは当事者間に争いがないから、以上によれば原告らが訴外秀樹の損害賠償請求権を相続により法定相続分(各二分の一)に応じこれを承継取得したことは明らかであり、原告らは訴外秀樹の逸失利益及び慰藉料金額の二分の一に当る各金三、四七四、〇〇〇円を取得し、これに自己固有の損害額を合算すると、それぞれ金四、〇九四、〇〇〇円となる。
五弁護士費用
原告らが、本訴の提起と訴訟の遂行を原告ら代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、本件事案の内容、請求額、認容額、事案の難易その他本件訴訟の経緯等諸般の事情を斟酌すれば、本件事故と相当因果関係のある範囲内の弁護士費用は、原告らの支払う額のうちそれぞれに金四〇万円とすることが相当である。
第八そうすると、被告らは、連帯して原告らそれぞれに対し、各損害金として金四、四九四、〇〇〇円並びに内各金四、〇九四、〇〇〇円に対する死亡の日の翌日である昭和五一年一月一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、原告らの被告らに対する請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行及び免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、よつて主文のとおり判決する。
(寺本嘉弘 金馬健二 天野登喜治)